ページ数：312ページ（長編小説）
読了しやすさ：★★★

「もしかしたら有り得たかもしれない、もう一つの人生、そのことを考えなかった日は一日もありませんでした」
45歳の若さで逝った、知的で魅力的な翻訳家・詩人の女性。彼女が娘のために遺したテープには、1970年の大阪万博で働いていた23歳の自分と、将来が有望視されていたエリート学生との切ない恋とその後が語られていた。

恋の痛みと人生の重みを描く、大人のラブストーリー。

＜スタッフおすすめポイント＞
本作は、55年前の大阪万博が舞台です。
人生を揺るがすような出会いとその後の20数年を描いた物語は、ほろ苦い大人の恋愛小説。まさに今月の選書テーマ「ビタースイート」にぴったりだと感じ、選書の中心に据えた作品です。

毎年冬になると娘を残し、京都へ出掛けていた理由とは──。
セブンスターで声を枯らし、昼間からウイスキーをあおり、愛された分憎まれた女性。彼女の甘美な恋の記憶と、その裏に潜む苦さ、愛だけでは越えられなかった壁が深く心に残ります。

また、男性作家さんの作品と聞いて驚くほど、女性の繊細な機微を捉えた描写や艶やかな文体も本作の魅力の一つ。
時を忘れるようにうっとりと読書に没頭しながら、終盤、タイトルの秀逸さに息を呑む展開まで一気にお楽しみください。

冬の夜、静けさの中で耳を澄ませるようにページをめくりたくなる一冊。
万博開催の今年、手に取るタイミングとしてもばっちりの読書体験になるでしょう。

ページ数：464ページ（長編小説）
読了しやすさ：★★★

ずっと女の子になりたかった――。
初めて恋のきらめきと痛みを知った小学四年の春。心と体の矛盾を抱えて成長する主人公が、24年後の春に知る優しく美しい秘密とは。

生きてゆくことの切なさを瑞々しく描いた、長編大作。

＜スタッフおすすめポイント＞
本作は、トランスジェンダー女性の半生を描いた物語。
それだけでもう主人公に多くの試練や困難が待ち受けていることは想像に難くないのですが、シリアスな題材だからこそ、恋愛小説や友情物語として手に取ることで、新しい視点や感想を得られると感じ、今月の選書にお迎えしました。

人の生きづらさを題材にした本を手に取る時、それらを物語として消費しようとする自分自身を妙に卑しく感じてしまうことがあります。そんな時の読書は、心との会話も一際慎重になるものですが、主人公の苦悩・性転換の苦労を時代背景と共に丁寧に綴る本作には、そのまま心を預けたくなる、とても良い引力を冒頭から感じました。この引力こそが、作家の取材量や準備の裏付けなのかなと感じます。

初めて着たドレスの喜び、誰にも言えない初恋、容赦のないいじめ、カミングアウトを受け入れてくれた親友との出会い、父親との確執。
共感や理解なんて軽々しくは言えませんが、そういう気持ちに触れさせてくれることこそが小説の醍醐味だと信じてみたいです。

チャプターズとしては少し踏み込んだ選書ですが、読後感の爽快感に救いがあります。
今月、困難の多い恋愛が気になる方は、ぜひ。

ページ数：304ページ（短編小説集）
読了しやすさ：★★★★

うしろ姿が美しい男に恋をし、銀色のダンベルをもらう。
掌大の小さな人を救うため、銀座で猫と死闘。
きっちり半分まで食べ進めて交換する駅弁、日曜日のお昼のそうめん。

恋でも恋じゃなくても、大切な誰かを思う熱情がそっと心に染み渡る、ちょっぴり不思議な18篇の物語。

＜スタッフおすすめポイント＞
今月は恋愛小説をメインに選書を進めましたが、どうにも好き嫌いが分かれやすいのがこのジャンルの宿命。
ということで、一風変わった短編小説で「人との距離感」について考えてみるのはいかがでしょうか。
本作は、生と死、出会いと別れ、日常にありそうでなさそうな非日常が描かれた短編集です。

私にとっての普通と、みんなにとっての普通。
命がそこにあること、いつかは失われていくこと。
幸せなはずの恋愛、なのに危うく破滅的。

独特な世界観に誘いながらも、ギリ現実的。夢を見ているかのような、まどろむ読書体験をお楽しみください。
1章15ページ程度の読み進めやすい短編集。
今少し現実生活が辛い・楽しくない人も、程よい距離で楽しめるでしょう。

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溜まった積読を解消するもよし。
仕事や勉強に集中するもよし。

皆様ご自身のペースで、これからも一緒に読書を楽しみましょう。